旅の思ひ出02|パキスタン編(1998/09/29-1998/10/18)

lahore Travel

0)今回のルート(1998/09/29-1998/10/18)

パキスタン:フンザ→ラーワルビンディー→ラホール

Backpacker1998-003

1)ナウシカモデル~フンザへ

中巴国境を抜けてようやく高山病からも解放され、バスを乗り継いでやってきたのはフンザという集落でした。すでに現地にいたバックパッカーたちが言うのは、「ここはナウシカの風の谷のモデル」なんだとか。ジブリ作品は結構好きだったのですが、いまいち「風の谷」のイメージがわかずにおりました。ただ、ナウシカのモデルかどうかはさておき、この村はとても静かで隠れ家的な趣のある場所です。集落全体が長い坂道になっていて、その道沿いに、宿、お土産屋などが立ち並んでいます。坂を登りきったところには、バルチット・フォートというお城があります。

■男祭り

中国を抜けて本格的なイスラム圏に入って一番感じるのは、外にいるのは男だけだということ。女性はどこに隠れているんだろうというぐらいどこにもいません。宿屋も男性が切り盛りしていますし、お土産屋に女性がいることはまずありません。
ところが、ある日、集落内を散策していて、集落のはずれにある畑のような場所に迷い込んでしまったことがありました。そのとき、かなりびっくりしたのですが、ほぼ同じ年代(20代)ぐらいの女性4、5人と出くわしたのです。「どこから来たのか?」「どのぐらいパキスタンにいるのか?」といった当たり障りのない質疑応答に答えていたのですが、「また、明日ココに遊びに来ないか?」と誘われました。このときフンザに滞在して3、4日経過していたので、この国で同年代の女性と会話しないほうが無難なのではないかという勘が働きました。この女性たちがどういう属性なのかは未だに謎ですが、外国人とはいえ通りすがりの異性に声をかけるというのは相当に思い切りのある行為なのではないかと想像できます。いずれにしても彼女たちと仲良くなると、あとから相当面倒なことになる気配がプンプンしていたので、逃げるようにその場を立ち去りました。おそらく彼女たちも純粋な好奇心だったのだろうと思います。

2)ラーワルビンディーへ

2、3日フンザでのんびりと過ごした後、パキスタンの中心地であるラーワルビンディーへ向かいます。移動はもちろんバス。車内では、現地のPOP(P-POP?)のような音楽が流れます。ウルドゥー語と、ヒンディー語の区別もつかないワタシにとっては、P-POPもボリウッド音楽も同じものに聞こえます。かなりの大音量で流れるので聴覚のスイッチをオフにしてじっと耐えるしかありません。

地理の授業でパキスタンの首都を覚えている方は、分かると思いますがパキスタンの首都は、「イスラマバード」です。予備知識がないと、なんで聞いたこともない「ラーワルビンディー」という町に行くんだろうと思ってしまいます。この二つの町は、バスで頻繁に往来できる距離にあり、ラーワルビンディーが実質の中心都市として存在していて、イスラマバードはどちらかというと、行政の都市として機能しています。そのため、宿はラーワルビンディーに構え、インドビザを取得するためにイスラマバードに通うことになります。

■インドビザ取得

インドビザは日本でも東京九段下の大使館に行けば、取得することができます。ただ、当時、東京在住でなく、郵送での対応もしてもらえなかったため、インドビザをパキスタンで取得しました。
そのため、ラーワルビンディーからイスラマバードに何度か通います。やはり、見た目でパキスタン人かインド人かを判別できないワタシは、こちらの写真のような人々が大勢窓口に押し寄せるなか、ビザの申請と受領のためにインド大使館に通います。

lady-india

あまり詳しくないので詳細は書きませんが、歴史的にインドとパキスタンは同じ括りだった時期もあるので、結構人々の往来がある模様です。そのためインド大使館は結構ひとでごった返しています。イスラマバードでビザを取得するのは、結構体力を使います(笑)。

インドビザは、ツーリストビザでも入国回数でいくつか種類が用意してあったので、助かりました。先々のルートを考えたときに一度、ネパールに抜けてまた戻ってこようと思っていたためです。念のためトリプルビザを取得しておきました。

■インドビザ(1998年10月16日発行)

India-Visa

(2020年現在、インドビザの入国回数に特に制限は無いみたいですね。)

3)国境の町 ラホールへ

インドビザを取得できたので、一路インドへ入国するためにラホールへ向かいます。本当は西の方にあるカラチも訪れてみたかったのですが、時間の関係で断念。この旅全般に対して言えることなのですが、欲張り過ぎなのです。たった3-4ヶ月でアジア各国を陸路で巡ろうとしていたため、どんどん先に進むような旅になってしまいました。

このラホールという町は、とにかく汚い。当時のパキスタンは、町中にトイレがありません。(現在のトイレ事情が改善していることを願います。)また、すでに書きましたが、基本的に外には男性しか目に入りません。ときどき空き地で男性がじっと座り込んでいるので、「なにしてるんだろう??」と思うと、こっそり用を足していたりします。何故か立ちスタイルではなくしゃがみスタイルが、彼らのお作法のようです。

この町は、歴史のある都市なのでラホール・フォート(城)、バードシャヒー・モスクなど、見ごたえのある施設があります。

4)印巴国境を越える

恥ずかしながら、ワタシは世界史という科目がまるでダメでした。そのため、印巴の関係というものをきちんと学ばないままこの国を訪れてしまい、そしてその知識のない状態のまま、印巴国境を越えようとします。
特に大変だったのがパキスタン出国の手続き。本気の持物検査に引っかかります。ザックの中身を全部ひっくり返すのも相当手間でしたが、バックパッカーが貴重品をまとめて肌身離さず携行するために使用するパスポートケースなども「中身をすべて見せろ!」と言われます。
かなり躊躇したのですが、仕方なく持ち合わせていたTCやドル紙幣、円紙幣をすべて封筒から取り出します。総額$2,000~$3,000でした。たまたま同行していたバックパッカーにあとから聞いたのですが、ワタシが現金を取り出したとき、パキスタン側のイミグレスタッフは目の色を変えていたそうです。おそらく彼らの年収に近い金額を、汚いバックパッカーが持っていたら、なんとかできないかと考えたくもなるかもしれません。
ワタシが持っていた日本円の1,000円を取り上げて、「Money Collectionが好きなんだ」と意味不明のことを言って、ワタシから現金をせしめようとしましたが、いろいろごねまわしてなんとか国境を通してくれました。
あとにも先にもあんなに面倒な国境は、なかったと思います。


今回は、パキスタン編の旅の模様をお届けしました。

次回は、インド編(前編)をお届けしようと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございます。



※追記 滞在日数と訪問都市の数が合わないと思ったところ、ギルギットを拠点に2泊3日のトレッキングに出かけています。ギルギットでは日本食を食べさせてくれる宿があるもたかだかRs.100をケチってしまったりしています。また機会があったら書き足そうと思います。ごめんなさい。


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